風呂から上がり、テレビを見た。NHKスペシャルだ。
そこに写っていたのは、脳梗塞で倒れ身体が麻痺してガンを告知された人の食事の姿だった。麻痺してうまく食事ができない。とろみを付けたウィスキーを飲んでいた。口からだらりと垂れるとろみのついた液体。まともにしゃべることはできない。
そこでハッとした。
これは多田先生ではないか・・・。
多田富雄先生は著名な免疫学者であり、文学者でもある。最後に会ったのは何年前だろうか。当時多田先生は大学の生命科学研究所の所長であった。年に一回研究所で派手なパーティを開いていて、一度だけ参加させてもらったことがある。
おしゃれで上品な雰囲気を漂わせた科学者らしい人だった。
「ビールが泡立つのはタンパク質が入っているからだ」などと言いながら、ビールの次ぎ方を仕込まれた。また、若者が着るような自分のTシャツを指差しながら「ぼくは何にでも興味を持つんですよ」などと言いながら笑っていたのが印象的だった。
その後、多田先生と会ったことはなかったが、こういう姿をテレビで見るとは思わなかった。
死まで考えたという身体の不自由な多田先生だが、脳みそは冴え渡っているようだ。
現在、年に一回行われているというパーティの様子が今、テレビに映っている。
スーツを着込み、蝶ネクタイを身につけた多田先生は当時の多田先生そのものだ。
「目先の利益にとらわれず、広い視野を持って研究に望んでほしい」
その温和な表情を見て、この人はやはりすごい先生なんだなと思った。
「ギスギスして貧しい研究をしてはいけない。一年くらい遅れたっていいじゃないですか。研究はそんな短期間で価値が決まるものではありません」
多田先生が広島を訪れたときの様子が映し出された。記念碑の前で涙を流していた。
そして自作の能楽が広島で催される。
自分は一介の会社員に過ぎないが、科学者の心を忘れたことはない。
真に科学をまた何かを目指すものは人間的にも優れていなくてはならない。
人を貶めたり、不毛な権力争いを好んだり、本質とかけ離れた虚栄を勝ち取ることに専念したり、そんなことをしていてはならないのだ。
人は穏やかに豊かに自分を磨き、人の為になる仕事をしなくてはならない。人は燃え尽きるまで創造的でなくてはならない。そんなことを考えさせられた。
何気なく研究所に通ってた頃は、なんとなくすごい人なんだとはわかっていたけれど、それほど意識はしていなかった。すごい人というのは結構普通に何気なく目の前にいるのかもしれないなぁ。

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