空気清浄機の修理、その後

午後7時半に広島駅に着いた。タクシーに乗り込もうとしていたら、某地方大型家電店から電話があった。修理が終わったという連絡だ。修理代はタダ。多分、ちょっとした異物が入り込んだか、重要でない部品が外れていたくらいの症状だったのだろう。しかし、バラシて原因を探り、また元に戻すという作業だけでも結構時間は取られると思うのだ。この家電店はそれほど頻繁に利用しないのだが、こういうことをされるとちょっとこっちでも買い物しようかなという気にさせられる。


タダだからうれしいというのもあるが、タダであることが演出できる役割をよく知っているんだと思う。労働時間は確かにコストだ。しかし、単純労働では実質的な出費は生じない(正確にはそうではないのかもしれないが)。むしろそれをサービスとして演出できれば、金銭の入りがなくてもそれは最終的に売り上げとして戻ってくる可能性がある。その可能性を信じるか、単純な無駄とか損と解釈するかは大きな違いだ。つまり、労働によるサービスは最もコストのかからない投資だという視点を持っているかどうかだ。これが的なずれな考え方なのか、当然の考え方なのかは知らないが、そんなことをなんとなく考えてしまった。まぁ、デジカメコーナーで空気の読めない売り込みをしてくる販売員を野放しにするよりは幾分ましな考えだとは思うのだが。
でも、この投資という視点のない人って意外と多いような気がする。勝手な思い込みかもしれないが、自分は目の前にある金を拾い集めるだけの商売は間違いなく衰退すると信じている。そうじゃなくても厳しい世の中なのだから。

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